
見過ごしがちな日常の出来事も、よくよく見ると面白い!
トランストラクチャのコンサルタントが感じたこと興味を持ったことを記していきます。
喉元過ぎれば熱さを忘れる
一時はあれほど騒がれた新型インフルエンザであるが、数か月が過ぎた今ではほとんどの人がまるで何事もなかったかのようである。ニュースで今月は患者が何人出たとか報じても、普通の風邪の患者数の報告を聞いている位の感覚になってしまっている。騒ぎが佳境の時には、外出時にあれほど注意し、マスクが売り切れになってしまったのが嘘のようである。我が家の隣人はマスクを大量に買い込み、今やその処分に困っていると笑っていた。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」のはどうも日本人の特性らしく、狂牛病の騒ぎも今や思い出話になってしまった。親戚が岩手県で前澤牛の牧場を営んでおり、狂牛病騒動の時には牛の買い手がなく極めて厳しい状況に置かれ苦労していたが、現在では以前の状況に戻ったとのことである。周辺では狂牛病騒動を契機に牧場経営をあきらめたケースも少なからずあったそうだが、日本人の「喉元過ぎれば熱さを忘れる」性格を考えれば、もう少し我慢できればと思わざるを得ない。
このことは企業経営の場面でも見受けられる。我々が企業の人員構成分析を行う時、概ねどこの会社でも見られるのが年齢別人員数分布の「山」「谷」の存在である。つまり団塊世代、バブル採用組、等の「山」とその間の「谷」を繰り返した年齢別人員数分布となっているため、組織の円滑運営や技術伝承、人材育成、等のいろいろな側面で問題を引き起こしている。このような年齢別人員数分布の「山」「谷」が引き起こす問題については会社経営陣や人事部門は身に沁みているはずなのだが、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で景気が回復すると現場の声に押されて採用を増やし、またまた新たな「山」を作るのである。
おこなうべき仕事とは・・・
夏休みにはいり、街中に、若者の姿が目立つようになりました。大きな荷物を抱えて、地方から遊びにきているグループも見かけます。
社会が高齢化する中、どんよりとした、エネルギーレベルの低い、曇りがちの情景を目にすることが多い中で、
好奇心と情熱であふれた若者たちが闊歩する様子を眺めているだけで、自分自身も元気になってくる気がします。
ただ・・・、先日、某所へ向かう途中のこと。渋谷の駅前交番の前では、地方か
らやってきた10代の少年、少女が列をなして、警官に道案内の順番待ちをしていました。
『●●にいくには・・』
『●●というお店に行きたいんですけど・・・』
警察官も一件、一件、地図を見ながら丁寧に行き先を探していましたけど、それぞれの質問に対応するのに、
かなり時間がかかっている様子で、おそらく、2人がかりで、朝から晩まで若者の道案内で終わってしまうような感じでした。
あれって、本当に警察官の仕事なんでしょうか?
きっとそうなんでしょう。
しかし、税金の無駄遣いとまではいいませんが、もっと効率的な方法であると思います。インターネット上の検索や地図でも
調べられそうなことを、昔からやっているということで、わざわざ警官が自ら、行き先を調べているのは、もったいない気がします。
交番の仕事に関わらず、企業の中でも、それなりの立場と処遇を得ているポジションの人が、なんとなく昔からのやり方で、
自分がやらなくても済むことをやっている・・・・・。
まだまだ、日本の組織の生産性を上げる余地はずいぶんあるのだと思います。
未来予想図
人間だけが未来を予想する生き物である。生物学者によると、人間以外で未来を考える生き物は、チンパンジーがせいぜい2時間先を考えることがある程度だそうだ。人間だけが将来、誰もが死を迎えること知っており、そのために死を恐れるし、将来についても漠然とした不安を持つ。人間以外の生き物は死を知らないし、将来の不安もない。そしてそのことが人間の悲劇的な性格を形成する要素にもなっている。自殺者が年間3万人を超えて社会問題になっているが、将来の不安が原因になっているケースも少なくない。1960年代、日本経済が高度成長を遂げた頃は、今ほど豊かではなかったが、終身雇用制度のもと、一つの会社で定年退職を迎え、老後は、退職金と年金で暮らすというバラ色ではないかもしれないが、安定した未来予想図があった。21世紀を迎え、年金の破綻が問題となり、企業の倒産も日常のこととなる中、終身雇用制度も揺らいでいる。私は、日本では、今でも終身雇用をベースに人事制度を組み立てる方が良いと思っている。しかし、かつての様な経済成長は望めないし、会社を取り巻く社会情勢の変化も速い。会社業績の変動や経済状況の変化に対応できる柔軟で合理的な人事制度が今求められている。そして、国にとっては年金問題の解決は喫緊の重要な課題であろう。なぜなら人間だけが未来を予想する生き物だから。
その常識は本当ですか
現在ほど物理学、天文学が発展していなかった中世以前の世界では、現在の常識からすると不可思議なことが常識となっていた。例えば宇宙の中心に地球があり他の天体がその周りを廻っているとする天動説がそれである。しかし400年前にガリレオが自作の望遠鏡で太陽系惑星の動きを観測し、これまでの常識(天動説)が間違いであったことを証明した。彼はまたピサの斜塔の上から質量の異なる物体を落下させ、両者が同時に落下することを実証することで自由落下の法則も証明した。それまでは重い物体の方が早く落下すると信じられていたのである。このように我々が常識である、正しいことであると信じていることが本当にそうなのかは実証されるまではわからないと言うことを歴史が証明している。
最近、地球温暖化が話題に上ることが多く温室効果ガスを削減するエコ活動をすることが常識になっている。もちろんこれを否定するつもりは全くない。しかし地球の歴史を振り返ると、人類が経済活動で排出する温室効果ガスがなかった時代から地球は氷河期と温暖な間氷期を繰り返してきたことが確認されている。つまり温室効果ガスだけが気温変動の主要因ではなく、日射量の変化(太陽活動のサイクル、地軸傾きの変動、等が要因)、南極・北極の氷面積変化、森林拡大による温室効果ガス減少、火山噴火による温室効果ガス増加、等々の複合要因を気温変動の原因として考えるのが自然である。一説によれば現在太陽活動が極小期に向かっており、温暖化どころか寒冷化が進むのではないかと言う学説もある。地球温暖化の本質はまだ見えていないと言うのが本当のところであろう。
話は変わるが我々はコンサルティング業務の一環としてインタビューで顧客企業の問題点を洗い出す機会が多い。複数の方に個別にインタビューすると確信を持っていろいろな問題を語って下さるのだが、それらをまとめると相反する問題が提起されていたり、問題に対する認識が大きく異なっていたりすることも少なくない。こうした状況を見ると、会社の経営判断に関わる核心部分が誤った常識の下になされていることが少なからずあるのではないかという懸念を抱かせる。常識は常に疑ってかかる位の慎重さが必要ではないだろうか。
早朝の空港にて
仕事柄、早朝の飛行機に乗る機会が多い。ふと思うのは「いろいろな人がいろいろな理由で早朝の空港に集まっているんだな」ということ。
朝6:00の羽田空港、朝からハイテンションで6:20分発の沖縄便を待つらしき人、大きなあくびをしながら、大きなかばんを重そうにぶら下げ、疲労感たっぷりに大阪伊丹行きのゲート前で待つ中堅サラリーマン、横の椅子には颯爽と缶コーヒーを片手に新聞数紙に目を通している「ハイパフォーマー」っぽいビジネスマンなどなど…さまざまである。
自分は他人からどう見えているのだろう。朝から疲れ果てていると見られているようでは、その日の仕事のパフォーマンスはたかが知れている。若干根性論的な話になってしまうが、疲労感はあってもそれを上回る仕事に対する動機づけがあれば「目は輝く」…はずである。
近年、日本のミドルに元気がないと言われる。実際、いろいろな調査を見ていると、若手、ミドル、シニアの中で、最もモチベーションが低いのがミドルであるとの結果が出ている。一昔前、日本のミドルの優秀さが世界にとどろいていた頃には、多くのミドルが颯爽と早朝の空港に集っていたのだろう。そういう目で、早朝の空港を改めて見回すと…やはり今のミドルには元気がないかもしれない。
ミドルが動機づけられ、元気に活躍するために必要な要素は何だろう。早朝の空港で真面目に考えていた私は、この仕事に十分モチベートされているということ…かと。
経験からの一言
ラーメン店での出来事。
隣の客のラーメンが出来上がり、ラーメンをカウンター越しに渡そうとする店員。
その時、手元が狂ってどんぶりは横倒し、中のめんとスープは見事に隣の客の膝の上に、、、。
隣の客は本当に災難ですが、その隣の客、つまり私ですが、もたまりません。
この後の成り行きによっては自分の食事どころではなくなってしまいます。
申し訳なさそうに、客の服をぬぐう店員、あわてて厨房から出てくる店主、慌てて店から出ようとする私、、。
その時、ひざ下がスープにまみれた客がひとこと、「僕も昔バイト先で同じミスをしたことがある。気にしないで」の一言。
当人たちはわかりませんが、私は、救われたような気持ちになりました。
過去に同じような失敗をしたことがある、という経験があって、その場で起きた表面上のことだけではわからない、店員や店主のことを察することで、こうした一言につながったのだと思います。
店員のミスは客から見れば簡単に許すことはできないし、本来は再発しないように相応のクレームをつけるべきなのかもしれません。
重要なことは、人はこれまでの経験や体験に基づいて情報を補完して、その人でなければできない、その場に応じた別の答えを導き出すことができるということでしょう。この情報の補完は好ましく作用することもあれば、そうでないこともある点が難しいわけですが、すくなくとも今回は「人情味ある」結果になりました。
できるヤツ
また見つけてしまった・・・。
時々、とても優秀だと感じさせるコンビニ店員に遭遇することがある。
先日深夜に行った近所のコンビニで、バイトと思しき若者が掃除をしていた。きっと気づかないだろうな、と端からあきらめてレジに向かうと、すぐに作業を中断し、私よりも早くレジについて待っていた。お会計も早いし、処理スピードに連動した早口ながら言葉遣いも丁寧だ。茶髪の若者だったが、変な思い込みがあっただけに、軽い感動すら覚え、きっと、会社勤めをしたら「使える新人」になるのだろうなとまで思ったりする。
今のところ、私のお気に入りの店員は4人ほどいて、しかも相当気に入っている。
彼らはいつだってお客さんの気配を察しているし、大抵の場合、何かのついでに別のことをしており、やることに無駄がない。
もうすぐレジにやってきそうなお客さんがいれば、そちらを見ながら伝表の整理をしたり、入荷した商品を並べに行く途中で陳列されている商品の乱れを直したり、お弁当を温めながら次の人の会計をしたり・・・。
どういうわけか、それはなかなか教育できないらしく(あるいはしていないのか)、同じ店舗でも、そういう人とそうでない人がいる。
だからなのか、どんな仕事でも、とまでは言わないが、彼らならどこへ行っても大抵のことは巧くこなすんじゃないかと思えて仕方がない。
五家宝(ごかぼう)
私の使っているクリーニング屋は、土曜日に出せば日曜日に仕上げてくれるので一人暮らしのサラリーマンにはとても重宝している。もともと町の小さな呉服屋が商売替えをして始めたクリーニングチェーン店のフランチャイジーで、70を過ぎた老夫婦が経営している。ボタンが取れていたりすると付けてくれるとても親切な店である。先月後半の土曜日、いつものようにワイシャツを出しに行くと、ご主人が浮かない顔で「今月で店を閉めるんだよ。」と言う、事情を聞いてみると、週6日(火曜休業)、朝9時から夜8時までの営業は老夫婦には体力的にきついこと、昨年9月のリーマンショック以来、売上が減ったこと、が理由であった。世界経済の影響がこんなところにまであるのかと驚いた。閉店してしまうと大変困ると切実に訴えると「赤字になったわけじゃないし、本当は、私たちも続けたいんだけどねえ。」とのことだった。そこで高齢であるから休業日を増やしたい旨、本部に要望することを提案し、週末を挟んだ週4日の営業であればさほど売上が落ち込まないこと(主要な顧客は勤め人である)、サラリーマンでも週40時間の労働時間であること、を添えるように言った。その翌週、この店に行くと週4日で営業を続けることになったことを伝えられ、私の職業を知っている奥さんから「はい、コンサルタントさんお礼」とお菓子を頂いた。今回のコンサルティングフィーは熊谷名物、五家宝でした。
願い
身体が重い。
体重のせいだけではない。週末になると、こなき爺でも背負っているのかと思うほどである。スポーツクラブに行けばそれなりに解消するのだが、お気に入りの先生の時間帯が土日の遅い時間に変更になったため最近はサボりがちである。
その代わり、5月末からホットヨガを始めた。元々汗をかきにくい体質で、運動をしても汗は流れずに顔が赤くなるだけという不健康な体質である(ちなみに子供の頃はプールに入ると唇は紫色になった)。玉のような汗がかける人をどれだけ美しいと思ったことか(もちろん、ビジュアルによるが)。
前置きが長くなったが、ホットヨガを始めて数回でTシャツを絞れるくらい汗をかけるようになった。つまり、どう汗をかいてよいか、やっとわかったのだ。答えは簡単で、好きな水を必要なときに必要な分採ればいい。今まではペットボトルの水があまり好きではないため運動しても最小限、ひいてはお茶を飲んでいた。これがおいしいと思える水に出会ったこととホットヨガに出会ったことが同時に起こり、こんなにも汗が簡単にかけるのかと思えるほど容易にクリアできた。
いつも思うことだが、こうしたいなあ~と思っていると、不思議とそれが実現できることが多い気がする。アンテナを立てておくと誰かがキャッチして教えてくれたりする。昔好きだったB'zの「ねがい」という曲の中に「願いよかなえ いつの日か そうなるように生きていけ」という下りがあるが、時々このフレーズが下りてくる。しっかりアンテナ張って願いをかなえましょう!
「天の川」の正体
もうすぐ七夕なので、夜空の星の話題を一つ。東京では街の灯りが強すぎて全く見えませんが、街から離れた山の上等からは天の川が頭上を斜めに横切っているのが良く見えます。以前、アメリカの国立公園を旅行した時、近くの街まで何百キロも離れ、観測を邪魔する他の光がない最高の環境の中で素晴らしい天の川を見たこともあります。さてこの天の川の正体ですが、我々の太陽系は天の川銀河の中心から外れた外周部にあるため、空飛ぶ円盤のような形をして回転している天の川銀河の側面を観測でき、結果としてそれが光の川のように見える訳です。
さて天の川銀河の中心には巨大なブラックホールが存在することが分かっています。名前からして何やら怖い感じですが、銀河系の中心にブラックホールが存在するのは何も天の川銀河に限ったことではなく、どの銀河系にもあるようです。ブラックホールは巨大で太陽の百万倍~1億倍程度の質量を持っており、その巨大な質量が生み出す重力によって光さえもが飲み込まれ、外部からはその姿は見えません。これがブラックホールの由縁です。
一方でアインシュタインの一般相対性理論ではブラックホールの反対であるホワイトホールが数学的には存在することになっています。ブラックホールが全ての物質を飲み込む宇宙の特異点であるのに対し、ホワイトホールは物質を放出する特異点であり、宇宙旅行の映画ではブラックホールからホワイトホールへ繋がるワームホールを通ってワープする場面を良く見ます。しかし理論的にはワームホールがあり得るとしても、実際にワープすることは不可能でしょう。宇宙船が巨大な重力のブラックホールを無事に通過できるとは思えません。
ブラックホールもホワイトホールも日頃、我々が感覚的に理解できるニュートン力学の世界からは想像もつかない存在ですが、こうしたことを考えていると日常生活の中でのいろいろな悩みごとがつまらないことに思えてきます。会社の中でメンタル的な問題を抱えた社員が増えつつありますが、たまにはこんなことを考えるのも問題解決に役立たないでしょうか。
普通の女性が普通に・・・
本日は少し堅い話題になってしまうのだが…
先日、「役職別管理職に占める女性の割合」というデータ(データ出典:厚生労働省「賃金統計基本統計調査」)を見る機会があった。
例えば、民間企業の課長相当職のうち、女性は2008年度で6.6%。係長職で見ても12.7%、部長職にいたっては4.1%しかいないらしい。私の周囲では管理職となって活躍している女性も多いのだが、世間一般からみれば、まだまだ稀な存在のようだ。
それでも、女性の社会進出が進んでいるのは確かなようで、20年前(1989年)には、部長、課長、係長の女性はそれぞれ1.3%、2.0%、4.6%しかいなかったらしい。
人事の分野で「ダイバーシティ」という単語が聞かれるようになって久しく、国も企業もさまざまな取り組みを打ち出している。少子高齢化を迎える日本の労働市場において、女性を活かすための人事施策は不可欠である。
しかし、ここであえて言えば、これまでの行政の施策や企業の取り組みは、「大都会の大企業でバリバリ働く特別な女性」に向けたものであったような気がしてならない。聞いた話だが、よく女性の就労問題で取り上げられる「保育所の確保」について言えば、確かに都会ではまだまだ供給不足なのだが、地方では少子化によって余り始めている地域もあるという。「普通」の女性が「普通」に働くことができる世の中になるには、まだまだ課題は多い。
先週、育児・介護休業法の改正案が国会を通過した。今回も企業の人事部にとってはなかなか「悩ましい」内容が含まれているのだが、社内規程の改正だけに終わらず、社内すべての人材が働きやすい環境を整える努力をしていきたいものだ。
キャベツマラソンを走ってきました
先週の日曜日に、走ってきました。嬬恋キャベツマラソン。
高原のキャベツ畑の中を激走します。が、その畑までのコースは約3.5kmの急激な下り坂。
コースは10kmなのに高低差が200m近くもあるというのが、このコースの恐ろしさを物語っています。
で、スタート地点はゴール地点でもありますから、最後の3.5kmは高低差200m分の上り坂が待ってます。
当然、走り続けて登っていくことは、私の体力ではほぼ不可能。したがって、走っては歩き、歩いては走りの繰り返しになります。前回、ジョギングのインセンティブについて書きましたが、今回の場合はさしずめ「目標管理」。自分で目標を定め、それをクリアしていかなければ心が折れそうです。
・あのカーブの先までは走ろう
・あそこに立っている「のぼり」までは走ろう
・今Ipodで流れている曲が終わるまでは走ろう
私の場合、上記のような目標を立てがちでした。特徴なのは、目標が動かず、そこを超えたら必ず歩くことが約束されていること。
どうやら、私は走るための目標ではなく、その後歩くことができる、そのご褒美のために目標を立てていたようです。
ちなみに、私の妻に「どんな目標を立てて走った」と聞くと「とにかく女性ランナーを10名抜くまで走る」と答えました。10名抜けば順位が10位上がると考えたようです。この目標の方がタイムを競うというマラソンレースの場合はよい結果が出そうです。
最終目標は二人とも「ゴールすること」で共通していますが、「無理しないで走ることを楽しむか」「良いタイムでゴールするか」といったプロセスの考え方によって、短期目標の立て方は随分違います。何が人を動機づけるかということについては様々あり、最終目標が共通していても、短期的な目標設定についてはきめ細かく設定したほうが「チーム全体の結果」も「個人の満足度」もより高いものになります。
ビジネスの場合は、マラソンのようにゴールを明確に示されたり、他のランナーやコース上の目印のように相対・絶対の目標がはっきりしていたり、ということがないので、こうしたきめ細かい目標管理はより難しくなるわけですが、、、、改めてシンプルに目標管理を体感できた一日でした。
スズメの世界でも・・
週末に、車で都内を走っていたときのこと。
信号待ちの際、脇の街路樹から、
けたたましい悲鳴にも似た音が・・・。
よく見ると、スズメの一団が、その街路樹の
周辺を飛び回って騒いでいました。
さらによく見ると、
街路樹に赤い実がなっていて、どうやら、その実は
スズメにとってはご馳走らしく、興奮しているようでした。
感心したのは、赤い実のなっている箇所はせまく、多くの
スズメが一緒に実を食べることはできないようで、
順番に、交替で、その実を食べている様子だったことです。
ところが、1羽のスズメが、なかなか次のスズメに交替せず
ひたすら、赤い実を食べ続けていたので、痺れを切らした
他のスズメが、クレームをつけようと、大騒ぎをしはじめた
ところ、ようやく、そのスズメもそのことに気づき、次の
スズメに交替しました。
信号待ちをしていたわずかの時間でしたが、
スズメの世界でも、人間の世界でも、組織の中で、
共存共栄していくためにはおたがいに譲り合いのルールが
必要なことを改めて気づかせてくれました。


