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見過ごしがちな日常の出来事も、よくよく見ると面白い!
トランストラクチャのコンサルタントが感じたこと興味を持ったことを記していきます。

名は体を表す

コンサルティングの実務では、クライアント企業様が抱える課題を何と表現するか、あるいは提案書名を何にするかと言うような言葉の問題に悩まされ、時間がかかることが多い。何故そのように悩むかと言うと「名は体を表す」からである。クライアント企業様が抱える課題を的確にかつ一言で語るためには適切な課題名を名づける必要があり、またプロジェクトに関わるメンバー間で同じ問題意識に基づき提案を行うためには適切な提案書名をつける必要がある。よって、その「適切な一言」を巡って思い悩むのである。
「名は体を表す」と言う点では地名の由来が面白い。新居を建てるための土地探しの経験をお持ちの方なら地名に関する以下のような注意事項をお聞きになったことはないだろうか。
【例1】「○○河原または○○川原」と言う地名
河川は流路を変えるので現在は川から離れていても過去には大きな河川が流れていた跡なので、一般的に地盤が固く耐震性は高い一方で、洪水のリスクが高い。○○島と言う地名も川の中州を意味しており同様のリスクがある。
【例2】「○○新田」と言う地名
昔の開拓された水田跡なので、一般的に地盤が弱く耐震性が低い。
他にも地名には、過去の災害による土地形状の特徴を基に名づけられたものが少なくなく、これによって土地形成の歴史を知ることが出来る訳である。地名に「桜」や「燕」などの美しい漢字が使われていても安心できない。単なる当て字だからだ。「桜」は「裂く」であり、「燕」は「ツバク(洪水で引き裂かれる)」との意味だそうである。正に「名は体を表す」である。
ちなみに我が家は父が40年前に購入した土地だが、町名は「天川町」と言い、隣には「天川原町」「大島町」もある。すなわちここは見事に利根川の旧河川敷であり、庭を掘ると50センチ位の所から大きな丸い石がごろごろ出てくるのである。さらに10メートルも掘れば確実に地下水が出るとのことである。洪水が心配な土地なのである。

2009年8月26日 (水) in 大矢 哲夫 | Permalink

きっかけ

地方出張の際、列車の中のワゴンサービスを時々、利用します。

移動中に食事をしようとするときは、大体、サンドイッチとお茶を買います。

でも、お腹が一杯のときは、ワゴンサービスには、
ほとんど関心がありません。

しかし、

先日、ある列車のなかで、
ワゴンを押している女性がゆっくりと近づいてきて、
しかも人の顔を覗き込むようにして来た時、
自ら、喉が渇いていることに気づき、アイスコーヒーを
買うことにしました。

よくよく考えれば、そのときは、暑い中、ずいぶん汗をかいて
歩いたあとに、列車に飛び乗っていて、
確かに、水分補給が必要なタイミングでした。

そのワゴンを押す女性の行動がのおかげで、
それが認識されたのですが、

もし、その女性がワゴンを足早に押して通り過ぎていれば、
喉が渇いていることに自ら、気づく事もなかったでしょう。

   ☆☆☆   ☆☆☆   ☆☆☆

人間というものは、自分自身で本当に何が欲しいのか、
結構、わからなかったりするものだと、改めて思います。

ブティックや飲食店でも、自分で欲しいものがわからずに、
信頼する店員に進められるものを買うこともよくある話です。

『なにか必要なはずだけど、何が必要なのかわからなかった・・・』

あるいは、

『本当はこれが必要だった・・・』

そんな気づきのきっかけになる事も、
コンサルタントの役割だと思っています。

2009年8月24日 (月) in 高柳 公一 | Permalink

周囲に支えられているありがたみ

Photo

 歳をとるほど、人は独りで生きているのではないという当たり前のことを実感できるようになっている気がする。もちろん、歳月を積み重ねた分、少し知恵や経験のようなものが自分の身を助けることがあって、あの時の苦労が役に立ったのかな、と思うこともある。それでも、何か困ったな・・・・・・という事態が発生したときには、誰かに助けられて切り抜けられることが多いように思う。

 例えば、このブログ。
クライアントのTさんは常々、「ブログはとにかく書かなきゃダメ!」と叱咤激励をしてくれる。つい先日も、社屋から神宮の花火大会を観賞するからよかったらどうぞと誘われるままにお邪魔したが、ブログの材料にと提供してくれたのがこの写真である(しかも自ら写真を撮影してくれた!)。ちなみに、当会場は当日100人の社員にて運営をされていたが、紅白のちょうちんに付け替えられた照明の下で社員はお揃いのTシャツを着て、ビールをサーバーしてくれたり、特等席を用意してくれたりと、満面の笑顔で歓待していた。その楽しそうな様子に、私たちは一人ひとりにさらにより良いサービスを提供せねば!との思いを強くして会場を後にした。

そして最近はもう一人。我が妹である。
兄弟4人のうち一番下だが、これがなかなか辛口で身びいきをしない。そこが信頼が置けるところで嫌いではない。
先日も電話で、「お姉ちゃんのブログ読んでるよ。でもお姉ちゃんらしくない文章かな。お姉ちゃんだったらもう少し山谷の展開あっていいよね。」
こうのたわまった。今回も山谷がなく浅いでしょうか、妹よ。

 それと、周囲から協力を得られるコツをひとつ。それは、とにかくヘルプ ミーの信号を発信することである。これはどちらかと言うと母親の影響だろうか。小さい頃から探し物をしていると「騒げば出てくる」と言う母親であった。不思議とその通りになる。もしかしたら今もそれを準用しているだけなの かもしれない。

2009年8月19日 (水) in 芝沼 芳枝 | Permalink

なんで社宅に住んでるの?

先日、友人がいまだに借上社宅住まいだということを聞いて少し驚いた。

勤務先の企業規模からして、寮や社宅への入居は一定年限しか認められないだろうと思っていたからである。

年齢制限はないのかと尋ねたところ、「ルール上はいつ追い出されてもおかしくないが黙認されている。自分より若い世代がいないので特に退去の必要もなく、空室を維持するくらいなら、稼動させておいたほうが良いということなのだろう」と言う。

最初は、あぁこんなところにも若年世代の不足が影響しているのだなと思った。

そして直後に、解約してしまえば良いのに・・・と思った。

当然のことながら、本人が負担している家賃は、信じられないような安さである。次の(正当な権利のある)世代が社宅を要するまでには年単位で期間も空く。会社の負担もそれなりだろう。

もちろん、先の事情は友人の推測に過ぎないので、それが本当かどうかわからないし、きっと会社はより深い検討の末に、「黙認」しているのだと思いたい。

しかし、住宅手当や寮・社宅管理、転勤手当などの運用がいつのまにかルールと違ってしまっているケースは案外多い。

大きな効果はないかもしれないが、そのあたりを見直すことで思わぬコストセーブができるかも知れない。

2009年8月18日 (火) in 清田 綾子 | Permalink

「備えあれば・・・」 -何を備える?

 また西日本で大雨による大きな被害が出たようだ。何年か前から一般用語になった「ゲリラ豪雨」、異常に長かった梅雨、あちこちで起こる竜巻…世間で言われているように、やはり日本の気候は変わってきているのかもしれない。

 「備えあれば憂いなし」。

 確かに、気象情報をマメにチェックし、雨が降り始めたら裏山には近づかない、大雨になったら駐車場の車を移動しておく…など、常識的な備え方はある。しかし、日本で竜巻の心配をするなど、自分が子どもだったころには想像もつかなかった。観測史上最高気温だの、最高降水量だの、これまでの常識では計り知れない自然環境の変化についていくのは簡単なことではない。

 企業を取り巻く環境も同じようなものか- 容易に予想ができるような変化であれば、マネジメントの理論もデータ処理技術も発達した現代であれば、ある程度「被害」を最小限に食い止めることができる。しかし、ものすごいスピード感でタービュラントな環境変化が日常的に起こる現代、特定の事態を想定したリスクマネジメントのみでは太刀打ちできない。

 現代の組織にとって、最も重要な能力をあげるとすれば、それは大きな環境変化が生じた時の柔軟な対応力かもしれない。ある時点でのビジネスモデルや成功体験に引きずられた硬直性は、今の世の中では決定的な弱みとなる。人も組織も今まで以上に柔軟であることが求められている。

2009年8月14日 (金) in 原 義忠 | Permalink

クールビズも人それぞれ

 この時期のビジネスマン、近年では、ネクタイをしない人が大勢を占めるようになった。確かに本人も見ている側も涼しい感じではある(一部例外もあるが)。

 しかし、私は基本的に通勤時にネクタイを外したことがない。世の中から見ると「旧タイプ」人材ということになるのだろうか。確かに、体感温度が下がるという「肉体的」な快適さが向上することは間違いないのだろうが、どうも仕事の「スイッチ」が入らないような気がして、なかなか外す勇気がわかない。

 知人から聞いた話だが、某企業では、夏は「ネクタイ禁止」だそうである。これはいかがなものか。ネクタイの着用を規制しているということは、社員に「ノーネクタイの制服」を着させているのと同じようなものである。

 「ダイバーシティ」とは多様性の受容である。個の尊重が主張される社会で、多様な人材を有効に活用していくためには、ルールを増やすばかりではなく、個々の社員の自発性を受容する「度量」が必要とされるのだろう。 ネクタイの有無が、会社の生産性に深刻な影響を及ぼすとも思えない。また、ノーネクタイを自社の社風・イメージづくりに利用するとしても、これを強制して「文化の自由度」のようなものをアピールしなければならないような組織では、社員個々の自発的な創発性の発揮は期待できないだろう。

 クールビズへの対応ひとつとっても、組織の特性、文化、モティベーション…いろいろな要素が表出化していると見れば、組織というのはやはり複雑でおもしろい。

2009年8月14日 (金) in 原 義忠 | Permalink

デハ101

デハ101をご存じの方がいたとすればかなりの鉄道ファンであろう。デハ101は上毛電気鉄道(群馬県前橋市⇔桐生市)が保有する日本では現役最古の電車である。生まれたのは昭和3年、既に80年間走り続けたことになる。
子供の頃、親の実家が上毛電気鉄道の沿線にあったため年に数回は乗る機会があり、乗れば必ず先頭の運転席横に陣取って前に展開する風景を見るのが楽しみであった。今の電車は先頭が全体的に運転席になっているが、田舎のしかも何十年も前の電車は運転席は運転手一人だけが乗れる箱型になっており、運転席横に客が乗れたのである。もっとも他にもそこに乗ろうとする子供がたくさんいて陣取りが大変であったが。電車はあずき色の角ばった一両編成の木造車両で、当然床も油が塗り込められた木の床、その油の匂いが何とも機械っぽい感じがしたのを覚えている。走ると「うーうー」とモーターがまるで生き物のように唸るのが面白かった。
しかし自分も大人になり車を運転するようになってからは乗る機会がなくなり、電車のことなどすっかり忘れていたのだが、先日新聞でこの電車が今でも現役で走っていると聞いて驚いた。残念ながら定期列車としては引退しており、イベントの時にだけ臨時列車としてその勇姿を見せてくれるらしい。次回は今週金曜日(8月14日)のイベントに登場するとのことである。
このように時代遅れと思われていたものがまだまだ活躍できるのはうれしいことである。企業に目を向ければ会社の中で古い社員(中高年社員)は厳しい状況に置かれていることが多いだろうが、強い気概を持ってその価値を示してもらいたいと思うのは私だけだろうか。

2009年8月13日 (木) in 大矢 哲夫 | Permalink

チームワーク

照明写真を撮る用件があって近所の写真スタジオに行くと、そのスタジオの売り物である「七五三写真」の撮影の真っ最中だった。

被写体は3歳の子供、若いお母さんが落ち着かない様子で傍らに座り、カメラマンとふたりのアシスタントが機敏に動いている。アシスタントは背景と小道具をセッティングし、被写体の子供を所定のポジションに座らせ、身体の向きを決め、手足の位置などを教える。これが決まった瞬間、アシスタントはさっと身を引き、カメラマンはほとんど同時にシャッターを押す。

さらに撮影は続く。カメラマンは子供が良い表情を出すよう、話しかけ、アシスタントはシャッターの瞬間を予測して背後からおもちゃを使って笑わせる。少し姿勢や衣装がくずれると、ファインダーを覗いているカメラマンがそれを指摘するのだが、それを予測したかのようにアシスタントは素早く衣装を直す。

少しの無駄もない3人の動きはどうして作られるのか不思議だった。カメラマンがこのスタジオのリーダーなのかと思いきや、聞いてみるとこの人が一番年下のアルバイトだというではないか。このスタジオでは、誰が撮影し、誰がアシスタント役をするか、撮影案件ごとに決めるのだそうだ。実際にファインダーを覗いてベストチャンスにシャッターを押す苦労を経験するからこそ、アシスタント役のときにカメラマンの描くイメージを予測し素早い動きができるというわけだ。

小さな写真スタジオのたった3人のチームではあるが、目を見張るチームワークの背景には、スタッフを早く育てようとする独自の工夫が生きていた。

2009年8月 7日 (金) in 森 大哉 | Permalink

猫のネズミ捕り

以前、猫を飼っていた。時々ネズミを捕ることがあり、捕ると飼い主に見せに来る。その時、頭を撫でて猫を誉めてやらなければいけない。褒めるとよくネズミを捕るようになると亡くなった祖母から教わった。たまにスズメを取って来て家の中でバタバタさせるので辟易したが、猫に区別は付かないのでやはり褒めてやらないといけない。スズメを捕ったことを否定して怒るとネズミも捕らなくなってしまう。よく「怒る」と「叱る」は違うと言われるが、私は相手を否定するか肯定するかの違いだと思っている。怒ってしまうと獲物を捕るという、本来、猫の持っている能力を否定することになり、結局は個の持っている可能性を積んでしまうことになる。ネズミにしてもスズメにしても獲物を捕るという方向性が間違っていないということがまず大事なことであろう。人を育てるということは難しい。猫と人間を一緒にしてはいけないが、人を育てると言うことも、まず、大きな方向性が間違っていないかを見極めることが大事であろう。そして、叱る場合でも、結果はともあれ、人間には無限の可能性があるという前提に立つことがコアの部分として必要なことではないだろうか。ところで、猫に言葉が解るなら「よく捕ってきたね。でも今度はネズミを捕りなさい。」と言うところだろう。

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2009年8月 7日 (金) in 安藤 浩平 | Permalink

解くべき問題が何か分かっていますか?

朝日新聞土曜日版の「be」に「悩みのるつぼ」というコーナーがありますが、2009年7月25日付けの相談に対する回答者は岡田斗司夫さんでした。岡田さんは自称オタキングとして有名なほか、1年で117㎏あった体重を50㎏落として67㎏にしたダイエットの達人でもあります(詳細は『いつまでもデブと思うなよ』新潮社をお読み下さい)。

この日の相談は、20代のシングルマザーからで、息子が勉強嫌いで育児に自信がない、自分は虐待されて育ったから自分もそうするのでは?、男運がありません、マンションを3ヵ月で追い出されます、それでも両親の援助が得られない、等々、これでもかとばかりの悩みのるつぼ状態でした。

これに対する岡田さんの答えが、
"悩みとは「複数の問題で、頭の中がちらかった状態」を言います。・・・・・・そんなとき、必要な行動は「整理するために、いま必要ないものは捨てる」" さらに、"深い悩みへの対処法は「解決可能な問題しか考えない」" この相談者への回答は、いまあなたが考えるべきは自分の稼ぎで住める場所を探す、でした。
まさに言いえて妙の回答でした。ものごとを複雑に考えてやいないか、日頃の思考を振り返るのに好事例でした。

もう一つ、小学1年生の姪に教えられたことがあります。
姪は事件のあった地域とそんなに遠くないところに住んでいるため、登下校は誰としているのか、何時ごろ帰るのか、独りで帰宅することはないのか、など重ねて聞きました。そうしたら姪がなんて言ったかというと、
"ねえねえ、それってさあ、独りで帰ったら危ないから大丈夫かってことを確認したいの?"
でした。わずか小学1年生で何を解決すべきか分かっていました。
・・・・・・師匠と呼びたいと思います。

2009年8月 4日 (火) in 芝沼 芳枝 | Permalink

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