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見過ごしがちな日常の出来事も、よくよく見ると面白い!
トランストラクチャのコンサルタントが感じたこと興味を持ったことを記していきます。

古代のハイウェイ

北関東にある私の家のすぐ近くに古代の幹線道路である東山道の跡が残っている。東山道は江戸時代より前の幹線道路で、京都から群馬県までは江戸時代の中仙道とほぼ同一のルートだが、群馬県から東京に向かわずそのまま栃木を通過して東北方面に延びていた。要するに当時の日本の中心地京都と東北地方を結ぶ幹線道路である。群馬県や栃木県では東山道の遺跡が多くの場所で見つかっている。

驚かされるのは道路の構造が我々の想像するような「けもの道」ではなく、現在の道路にも負けないレベルの道路だったことである。まずその道幅は広く、実に現代の4車線道路に相当する道幅を持っていたそうだ。また道路の構造は排水性が高い上に固い路面となっており、地方で何か事が発生した時には短時間で大量の軍隊を送ることが可能になっていた。さらに驚くのはその直線性で、各国(今の各県にほぼ相当)に置かれた国府間を可能な限り最短距離で結ぶ事を前提に真っ直ぐに道が延びている。実際のところ我が家の近くの東山道跡も直線状に真西に向かって道が延びており、道の真正面には浅間山が見えるのである。昔この道を私が通学に使っていた頃には道の正面に浅間山が見えるのは偶然だと思っていたが、そうではなく山を目印にして直線状に道が延びていたらしいと聞いて納得した。

こうした古代の道路をどのような人々がどのような計画に基づいてどのような体制を組んで建設したのかは全く資料が残っておらず不明である。はっきりしているのは全て人力に頼るしかなかった時代に高い計画性を持って組織的な工事がなされていたことが遺跡調査から明らかになっていることである。現在のような組織やプロジェクト体制に関する体系的な理論や仕組みが確立していない時代にどのようにして、このような素晴らしい仕事を完成したのか興味は尽きない。

2010年3月12日 (金) in 大矢 哲夫 | Permalink

隣人は外国人

子供の頃、私が住んでいた北関東では外国人は数少ない珍しい存在であった。修学旅行の旅先で我が中学の英語教師が外国人と話をしようものなら、先生は生徒から尊敬の眼差しで見られたものである。
その頃とは様変わりで今や北関東は日本でも外国人比率が最も高い地域と言われ、自治体によっては人口の17%に達しているところもある。特に南米系の外国人が多いが必ずしも日系人ばかりではない。外国人が多い某自治体では通りに面した店の看板にポルトガル語がならび、さながら南米に行った感がある。
以前は特定のエリアに同じ国の者同士でコミュニティを作り、彼らだけの社会を作る傾向が強かったが、彼らの日本での生活が長くなるにつれて日本人との同化が進みつつある。我が町内でも、日本人と結婚した二人の外国人がいて毎日会話をするような状況である。駅やショッピングセンターでも外国人グループあるいは外国人と日本人カップルを見かける機会が非常に多い。以前は外国人が引き起こす犯罪が問題視され、日本人と外国人の間に意識的に高い壁が存在していた。実際に犯罪率が高かったのかは不明だが、いろいろな意味で目立つ存在であることに加え、コミュニケーション上の問題や生活習慣の違いを互いが理解し合えなかった事が原因であったのだろう。しかしこのように徐々に外国人が身近な存在になるにつれ両者間の壁の高さも低くなりつつある。行政側でも両者の共存共栄を目指したお祭りや交流会等のいろいろな施策を展開しつつあり、両者の融合が一層進む結果となっている。米国やブラジルが人種のるつぼと呼ばれるようになってから久しいが、日本でも国際化の進展に伴い、このように混血化が進むのは自然なことなのであろう。
だが昨今の景気低迷で外国人が次々に職を失い、苦境に陥っているらしい。不況でまず首を切られるのは外国人なのだ。母国に帰れるあてもなく、次の仕事を見つけられず、生活保護を受けようにも車を所有している(公共交通が極めて不便な北関東では車がないと生活が成立しないのである)ので生活保護が受けられない外国人が急増しているとのことである。少子高齢化で人口の急激な減少が懸念されている我が国では、国力を維持する上で移民が将来の重要な選択肢になりうると言われている。そのような視点から彼らの窮地を何とか救うことができないかと思う。
世界でも数少ない親日国である南米の国々から来た人々が嫌日となって帰国する、あるいは母国に報告することになっては多いなる損失と言えよう。彼らを受け入れることに本能的な反感、不安感を抱く人もいるかも知れない。しかし多様性こそがこれからの国の繁栄に繋がるのである。

2010年1月 6日 (水) in 大矢 哲夫 | Permalink

冬の使者

夏から新潟への出張が定期的に継続しており、季節は間もなく冬を迎えようとしている。初めは青々としていた越後平野の田の稲は秋には黄金色になり、先月上旬またたく間に稲刈りが行われた。稲刈り前にはシラサギやアオサギが水中の餌を探している姿が田のあちらこちらで見られ、車窓からその姿を見るのを楽しみにしていたが、稲刈りも終わり彼らの姿を見ることができなくなってしまい寂しい思いをしていた。
しかし3週間ほど前から稲刈りが終わった田に数十羽の白い鳥が群れている姿を見ることが多くなった。シラサギの群れかとも思ったが、新幹線の線路からはかなり離れている場所だったので確認できずにいたのだが、先週初めて線路に近い場所の群れを観察でき、改めて良く見るとなんと白鳥の群れであった。しかも場所は新潟の市街地に隣接した場所であり、都市の間近で白鳥が見られることに驚いた。
さてその同じ出張で客先への訪問後、新潟駅までの帰路に海岸沿いの湖がある公園近くで食事をすることになり、レストランから窓越しに湖を見ていると渡り鳥と思われる鳥が多数泳いでいるのが見えた。店の主人にどんな鳥が来るのか聞いたところ、朝晩には湖が白く見えるほど多数の白鳥が来るとのこと、昼間は田に餌を探しに出るのでほとんど姿は見えないとのことだった。ここでようやく新幹線から見えた白鳥の群れについて合点が行った。彼らは夜間は安全な水上で過ごし、昼間餌を求めて田に出るのであろう。
出張では駅と宿と客先の往復ばかりとなることが多いのだが、このような予期せぬ出来事に遭遇し、しかも東京ではまず目にするのが難しい冬の使者に会うことができ、とても満たされた気分になれた。移動が多いコンサルティングの仕事の中で、貴重な息抜きの瞬間であった。

2009年11月18日 (水) in 大矢 哲夫 | Permalink

エコロジーの時代

エコロジーの時代である。車はプリウスやインサイトに代表されるハイブリッド車に乗らなければエコではなく、旧式のRV車に乗っている私は肩身が狭い。売ってももはや二束三文の車だが、廃車にしてエコカーに買い替えると数十万円の補助金が出るそうである。まだまだ走れる車なのにである。ゴミも徹底的に分別回収され、私が住む街ではなんと12種類のゴミに分別しないと回収してもらえないとかで、使用済みのガラス瓶や缶を洗剤で洗うことまで強制されるらしい。太陽光発電のためのソーラーパネルを自宅の屋根に取り付けるのも流行りで、取り付けると100万円近い補助金が出るとのことである。

エコロジーを否定するつもりはない。しかしまだ走れる車を廃車にしてハイブリッド車を購入することが本当にエコなのか、使用済みの瓶を洗剤とお湯で洗うのが本当にエコなのか、太陽光発電が本当にエコなのか良く考えるべきであろう。つまりエコのために投入されるエネルギー量とそれによってセーブされるエネルギー量は当然後者の方が多くあるべきだが、本当にそうなっているかと言う問題である。

私の乗っている旧式のRV車は確かに燃費は良くないが、かと言ってハイブリッド車との燃費の差はハイブリッド車1台を新たに生産するのに要するエネルギー量を上回る程のものなのか。二酸化炭素排出量の違いが問題にされるが、ハイブリッド車を新たに生産する上で必要なエネルギーを生み出すための二酸化炭素排出量はどのくらいかが判らなければ比較はできないのに、これは全く議論に上らないのである。

環境保全は大切な課題であるのは間違いないが、目先の見える範囲でのエネルギー消費量や二酸化炭素排出量のみでエコを語ると本質を見誤ることになる。全体感を持ってエコを進めるべきであろう。

2009年11月 4日 (水) in 大矢 哲夫 | Permalink

ホワイトカラーの生産性

物づくりにせよ、仕事の進め方にせよ、より高い品質を目指して改善を進めるのは日本の得意とするところであった。有名なトヨタの改善活動は「乾いた雑巾を絞る」とまで言われるほど徹底したものであることは有名である。この結果日本製品の品質は飛躍的に向上し、日本製品と言えば世界でも高品質で有名なブランドとなった。同時に生産現場における業務改善も、これに併せて徹底的に進められトヨタ生産方式は今や病院業務にまで取り入れられようとしている。
一方、ホワイトカラーの生産性に関してはバブル崩壊後の1990年代から問題視されていたものの、企業側でもいろいろな対応策が講じられた結果、最近までこれを問題視する声はあまり聞こえてこなかった。しかしながら最近お客様と話をするとホワイトカラーの生産性について改めてこれを問題視し、その改善を進めたい意向の企業が多いことに驚かされる。ERPシステムを導入したり、コンサルティング会社に依頼してBPRを実施したはずの企業でも状況は同じである。
ホワイトカラーが担当する業務は生産現場と異なり、業務のインプット、アウトプットが定量的に測り難いと言う本質的な問題があり、これが解決を難しくしているのであろう。何らかの改善策を導入し、いったんは生産性が上がったとしても、時間の経過とともにいつの間にか人員数が増加するのは世の常である。
日本企業のパフォーマンス低下が問題となっている今、改めてホワイトカラーの生産性向上を目指した適正人員算定を行い、スリムな管理間接部門を作り上げることが求められていると思う。

2009年10月19日 (月) in 大矢 哲夫 | Permalink

米どころ新潟

最近、仕事で週に1,2回新潟県へ出張している。毎回上越新幹線に乗って出掛ける訳だが、さすが新潟は米どころと言われるだけあって水田が多く、先週あたりから稲刈りの光景があちらこちらで見られるようになってきた。今年は夏の日光が不足気味で不作と言われていたようだが、何とか稲刈りまで辿り着いたのはご同慶の至りである。
しかし何回か行き来して繰り返し水田を見ているうちに、いくつか気になることが生まれて来た。まず休耕田で存在である。特に都市近郊ではこれが著しく、単に休耕田になっているというよりは廃材置き場やスクラップ置き場になってしまっている所も少なくない。また水田から畑への転作も目立つ。恐らく販売用に米を作っても米価が思うようでないので生産者が自給のために畑で野菜等作っているのだろう。そして最も気になったのは水田の稲の間から背の高い雑草がたくさん生えていることである。しかもこのように雑草が生えたままの状態の水田が極めて多いのである。農業従事者が高齢化して水田の管理ができなくなったのか、兼業農家が増えて雑草取りをする時間がなくなったのか、理由はいろいろ推測できるが、いずれにせよ米どころ新潟でさえ水田が段々荒れた状態になって行くようである。もしかするとこれは私の誤解であって除草剤を撒かない自然農法なのかもしれないが、理由はともあれ雑草取りがなされていない水田は荒れた印象を受ける。この光景を見たらコシヒカリが持つブランドの威光はいつまで保てるのだろうかと他人事ながら心配になってしまう。
企業も高いブランドイメージを構築するには多大の努力が必要とされるが、それを維持して行くのは更に多くの困難が伴い、油断するとブランドイメージはあっと言う間に地に落ちてしまうことは、多くの事例が物語っている。コシヒカリがこれからも日本一のコシヒカリであり続けて欲しいと思うが、問題の根は深いようだ。

2009年9月23日 (水) in 大矢 哲夫 | Permalink

終わりなき改善

景気回復が遅れ、状況が好転しないためか業務改善の仕事が増えている。トヨタを筆頭に業務改善は日本企業のお家芸とも言えるが、物を改良・改善して行く努力は人間の本能なのかも知れない。産業革命以降の産業機械や乗り物の発達には驚くべきものがあり、100年前に初めて空を飛んだ人類が今や国際宇宙ステーションに長期滞在し、将来的には火星旅行が現実のものになろうとしている。
同様に動植物の品種改良にも目覚ましいものがある。元々は鮒(フナ)だった金魚は、まずは赤いフナ尾となり、そのうち目が飛び出したもの、頭に瘤を持ったもの、鱗が丸くなったもの、目の下に水疱を持ったもの、背びれがなくなったもの、等の特徴を持った多種多様な姿に形を変えて行った。元々は狼(オオカミ)だった犬は人間が求める目的に即した犬として狩猟犬、牧羊犬、番犬、愛玩犬としてたくさんの種類が生まれた。元々は南方の野生種だった米(コメ)は北上するにつれて、その地域の気候や人間の嗜好に合わせた多様な品種が次々に開発されてきた。このように次々に新しい品種が開発されても、人間が求めるものには際限がない。より役に立ち、より美味しく、より生産性が高く、より美しく、等々のより高いレベルのものを求めて更なる品種改良が進められるのである。
業務改善も同様であり、トヨタが乾いた雑巾をさらに絞るように改善活動を続けてきたように、過去現場での改善活動やホワイトカラーの生産性向上、等をやってきたはずの日本企業も再度更なる改善が必要な状況なのかも知れない。厳しい時代が続くようだ。

2009年9月 9日 (水) in 大矢 哲夫 | Permalink

名は体を表す

コンサルティングの実務では、クライアント企業様が抱える課題を何と表現するか、あるいは提案書名を何にするかと言うような言葉の問題に悩まされ、時間がかかることが多い。何故そのように悩むかと言うと「名は体を表す」からである。クライアント企業様が抱える課題を的確にかつ一言で語るためには適切な課題名を名づける必要があり、またプロジェクトに関わるメンバー間で同じ問題意識に基づき提案を行うためには適切な提案書名をつける必要がある。よって、その「適切な一言」を巡って思い悩むのである。
「名は体を表す」と言う点では地名の由来が面白い。新居を建てるための土地探しの経験をお持ちの方なら地名に関する以下のような注意事項をお聞きになったことはないだろうか。
【例1】「○○河原または○○川原」と言う地名
河川は流路を変えるので現在は川から離れていても過去には大きな河川が流れていた跡なので、一般的に地盤が固く耐震性は高い一方で、洪水のリスクが高い。○○島と言う地名も川の中州を意味しており同様のリスクがある。
【例2】「○○新田」と言う地名
昔の開拓された水田跡なので、一般的に地盤が弱く耐震性が低い。
他にも地名には、過去の災害による土地形状の特徴を基に名づけられたものが少なくなく、これによって土地形成の歴史を知ることが出来る訳である。地名に「桜」や「燕」などの美しい漢字が使われていても安心できない。単なる当て字だからだ。「桜」は「裂く」であり、「燕」は「ツバク(洪水で引き裂かれる)」との意味だそうである。正に「名は体を表す」である。
ちなみに我が家は父が40年前に購入した土地だが、町名は「天川町」と言い、隣には「天川原町」「大島町」もある。すなわちここは見事に利根川の旧河川敷であり、庭を掘ると50センチ位の所から大きな丸い石がごろごろ出てくるのである。さらに10メートルも掘れば確実に地下水が出るとのことである。洪水が心配な土地なのである。

2009年8月26日 (水) in 大矢 哲夫 | Permalink

デハ101

デハ101をご存じの方がいたとすればかなりの鉄道ファンであろう。デハ101は上毛電気鉄道(群馬県前橋市⇔桐生市)が保有する日本では現役最古の電車である。生まれたのは昭和3年、既に80年間走り続けたことになる。
子供の頃、親の実家が上毛電気鉄道の沿線にあったため年に数回は乗る機会があり、乗れば必ず先頭の運転席横に陣取って前に展開する風景を見るのが楽しみであった。今の電車は先頭が全体的に運転席になっているが、田舎のしかも何十年も前の電車は運転席は運転手一人だけが乗れる箱型になっており、運転席横に客が乗れたのである。もっとも他にもそこに乗ろうとする子供がたくさんいて陣取りが大変であったが。電車はあずき色の角ばった一両編成の木造車両で、当然床も油が塗り込められた木の床、その油の匂いが何とも機械っぽい感じがしたのを覚えている。走ると「うーうー」とモーターがまるで生き物のように唸るのが面白かった。
しかし自分も大人になり車を運転するようになってからは乗る機会がなくなり、電車のことなどすっかり忘れていたのだが、先日新聞でこの電車が今でも現役で走っていると聞いて驚いた。残念ながら定期列車としては引退しており、イベントの時にだけ臨時列車としてその勇姿を見せてくれるらしい。次回は今週金曜日(8月14日)のイベントに登場するとのことである。
このように時代遅れと思われていたものがまだまだ活躍できるのはうれしいことである。企業に目を向ければ会社の中で古い社員(中高年社員)は厳しい状況に置かれていることが多いだろうが、強い気概を持ってその価値を示してもらいたいと思うのは私だけだろうか。

2009年8月13日 (木) in 大矢 哲夫 | Permalink

喉元過ぎれば熱さを忘れる

一時はあれほど騒がれた新型インフルエンザであるが、数か月が過ぎた今ではほとんどの人がまるで何事もなかったかのようである。ニュースで今月は患者が何人出たとか報じても、普通の風邪の患者数の報告を聞いている位の感覚になってしまっている。騒ぎが佳境の時には、外出時にあれほど注意し、マスクが売り切れになってしまったのが嘘のようである。我が家の隣人はマスクを大量に買い込み、今やその処分に困っていると笑っていた。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」のはどうも日本人の特性らしく、狂牛病の騒ぎも今や思い出話になってしまった。親戚が岩手県で前澤牛の牧場を営んでおり、狂牛病騒動の時には牛の買い手がなく極めて厳しい状況に置かれ苦労していたが、現在では以前の状況に戻ったとのことである。周辺では狂牛病騒動を契機に牧場経営をあきらめたケースも少なからずあったそうだが、日本人の「喉元過ぎれば熱さを忘れる」性格を考えれば、もう少し我慢できればと思わざるを得ない。

このことは企業経営の場面でも見受けられる。我々が企業の人員構成分析を行う時、概ねどこの会社でも見られるのが年齢別人員数分布の「山」「谷」の存在である。つまり団塊世代、バブル採用組、等の「山」とその間の「谷」を繰り返した年齢別人員数分布となっているため、組織の円滑運営や技術伝承、人材育成、等のいろいろな側面で問題を引き起こしている。このような年齢別人員数分布の「山」「谷」が引き起こす問題については会社経営陣や人事部門は身に沁みているはずなのだが、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で景気が回復すると現場の声に押されて採用を増やし、またまた新たな「山」を作るのである。

2009年7月30日 (木) in 大矢 哲夫 | Permalink

その常識は本当ですか

現在ほど物理学、天文学が発展していなかった中世以前の世界では、現在の常識からすると不可思議なことが常識となっていた。例えば宇宙の中心に地球があり他の天体がその周りを廻っているとする天動説がそれである。しかし400年前にガリレオが自作の望遠鏡で太陽系惑星の動きを観測し、これまでの常識(天動説)が間違いであったことを証明した。彼はまたピサの斜塔の上から質量の異なる物体を落下させ、両者が同時に落下することを実証することで自由落下の法則も証明した。それまでは重い物体の方が早く落下すると信じられていたのである。このように我々が常識である、正しいことであると信じていることが本当にそうなのかは実証されるまではわからないと言うことを歴史が証明している。

最近、地球温暖化が話題に上ることが多く温室効果ガスを削減するエコ活動をすることが常識になっている。もちろんこれを否定するつもりは全くない。しかし地球の歴史を振り返ると、人類が経済活動で排出する温室効果ガスがなかった時代から地球は氷河期と温暖な間氷期を繰り返してきたことが確認されている。つまり温室効果ガスだけが気温変動の主要因ではなく、日射量の変化(太陽活動のサイクル、地軸傾きの変動、等が要因)、南極・北極の氷面積変化、森林拡大による温室効果ガス減少、火山噴火による温室効果ガス増加、等々の複合要因を気温変動の原因として考えるのが自然である。一説によれば現在太陽活動が極小期に向かっており、温暖化どころか寒冷化が進むのではないかと言う学説もある。地球温暖化の本質はまだ見えていないと言うのが本当のところであろう。

話は変わるが我々はコンサルティング業務の一環としてインタビューで顧客企業の問題点を洗い出す機会が多い。複数の方に個別にインタビューすると確信を持っていろいろな問題を語って下さるのだが、それらをまとめると相反する問題が提起されていたり、問題に対する認識が大きく異なっていたりすることも少なくない。こうした状況を見ると、会社の経営判断に関わる核心部分が誤った常識の下になされていることが少なからずあるのではないかという懸念を抱かせる。常識は常に疑ってかかる位の慎重さが必要ではないだろうか。

2009年7月19日 (日) in 大矢 哲夫 | Permalink

「天の川」の正体

もうすぐ七夕なので、夜空の星の話題を一つ。東京では街の灯りが強すぎて全く見えませんが、街から離れた山の上等からは天の川が頭上を斜めに横切っているのが良く見えます。以前、アメリカの国立公園を旅行した時、近くの街まで何百キロも離れ、観測を邪魔する他の光がない最高の環境の中で素晴らしい天の川を見たこともあります。さてこの天の川の正体ですが、我々の太陽系は天の川銀河の中心から外れた外周部にあるため、空飛ぶ円盤のような形をして回転している天の川銀河の側面を観測でき、結果としてそれが光の川のように見える訳です。
さて天の川銀河の中心には巨大なブラックホールが存在することが分かっています。名前からして何やら怖い感じですが、銀河系の中心にブラックホールが存在するのは何も天の川銀河に限ったことではなく、どの銀河系にもあるようです。ブラックホールは巨大で太陽の百万倍~1億倍程度の質量を持っており、その巨大な質量が生み出す重力によって光さえもが飲み込まれ、外部からはその姿は見えません。これがブラックホールの由縁です。
一方でアインシュタインの一般相対性理論ではブラックホールの反対であるホワイトホールが数学的には存在することになっています。ブラックホールが全ての物質を飲み込む宇宙の特異点であるのに対し、ホワイトホールは物質を放出する特異点であり、宇宙旅行の映画ではブラックホールからホワイトホールへ繋がるワームホールを通ってワープする場面を良く見ます。しかし理論的にはワームホールがあり得るとしても、実際にワープすることは不可能でしょう。宇宙船が巨大な重力のブラックホールを無事に通過できるとは思えません。
ブラックホールもホワイトホールも日頃、我々が感覚的に理解できるニュートン力学の世界からは想像もつかない存在ですが、こうしたことを考えていると日常生活の中でのいろいろな悩みごとがつまらないことに思えてきます。会社の中でメンタル的な問題を抱えた社員が増えつつありますが、たまにはこんなことを考えるのも問題解決に役立たないでしょうか。

2009年7月 3日 (金) in 大矢 哲夫 | Permalink

ならぬことはならぬこと

先日、会津若松を訪ねた。本当のことを言うとその先の喜多方でラーメンを食べるのが目的であったのだがそれはさて置き、その道すがら会津藩校日新館に立ち寄った。元々の会津藩校日新館は鶴ヶ城の西隣にあったが戊辰戦争で焼失してしまったそうで、それを現在地に忠実に再現したものだそうだ。会津藩と言えば白虎隊の悲劇だけが有名だが、幕末の混乱状態にあってなお武士道の精神を最後まで持っていた藩としても有名である。その武士道精神を教え込む場が会津藩校日新館であった。

会津藩士の子供たちには6才頃から藩士としての心得「什の掟」が繰り返し教え込まれた。言うなれば会津藩士としてバリュー(価値観)を子供のころから叩き込まれた訳である。ちなみにこれを叩き込まれた白虎隊は戦いに敗れて鶴ヶ城へ戻る道中、戸外で一切の食事を取らず体力を消耗してしまい絶望的になったことも自刃に至った一因とのことである。

「什の掟」(現代語訳)
一 年長者の言うことに背いてはなりませぬ
二 年長者にはお辞儀をしなけれはばなりませぬ
三 虚言を言うことはなりませぬ
四 卑怯な振舞をしてはなりませぬ
五 弱い者をいぢめてはなりませぬ
六 戸外で物を食べてはなりませぬ
七 戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことはなりませぬ。

さて「ならぬことはならぬこと」つまり「駄目なものは駄目」というのは現代の我々には改めて新鮮な印象を受ける。それは我々がついつい忘れてしまいがちな物事の本質に対する「心の緩み」を戒める強烈な言葉だからであろう。自分自身に対して、あるいは部下に対して「駄目なものは駄目」と言える強さをもっと持たないといけないのだ。
会社組織を束ねる上で、全社員の行動を律する最後の拠り所としてバリュー(価値観)の共有が重要であることをコンサルティングの場でお客様に説明する機会は多いが、本当の意味でこれが全社員に徹底できている会社は少ない。しかし現在の困難な経済情勢の中で日本企業が立ち直るために必要な組織求心力を高める上でバリューの明確化と共有は極めて重要な要素の一つであろう。

2009年6月23日 (火) in 大矢 哲夫 | Permalink

アリはなぜ働き者なのか

田舎に住んでいるので庭で何本かバラを育てているのですが、放っておくとバラの蕾を目当てにたくさんのアブラムシ(小さい緑色の虫です)がついてしまいます。先日消毒しようと思いアブラムシを観察していると、周りをアリが行ったり来たりしているのに気付きました。何故かと思い調べてみると面白いことに彼らは共生しているのだそうです。つまりアリはアブラムシが出す甘い分泌液をもらう代わりに、アブラムシを天敵である蜘蛛やてんとう虫から守っているのです。

誰に教えてもらった訳でもないのに、何故アリはそのような行動を取るのか不思議ですが、そもそもアリの組織そのものが極めて興味深いものです。子供の頃に学校で学んだかと思いますが、一つのアリの集団には1匹の女王アリがいて、その他のアリは全て働きアリです。もちろん働きアリの実際の役割は更に分化していて、戦闘アリ、子供を育てるアリ、餌を探すアリ、巣を整備するアリ、等の役割を担っています。しかし、彼らは女王アリからの指示を受けて働いている訳ではありません。女王アリは一生の間ひたすら卵を生み続けるだけで、働きアリには一切の指示は出さないのです。

ここからが本題です。では働きアリはどのようにして自分に与えられた役割を果たすべく、自身の行動を決定しているのかということです。答えを先に書いてしまうと、例えばある働きアリが餌を見つけたとするとアリはそれを他のアリに知らせるフェロモンを出すのだそうです。そしてそれを感知した他のアリは一斉に餌を取りに向かいます。こうして働きアリは女王アリからの指示を受けることなく自律的に自らの役割を果たすことができる訳です。もちろん、アリのような人間に比べてはるかに知的レベルが低い昆虫でもこのような組織行動が取れるのは「餌を取る」、「敵と戦う」ように行動目標が単純だからなのですが、逆な言い方をすれば行動目標を単純化、シンプル化し、コミュニケーションのルールをきちんと決めておけば人間の組織でももっと自律的に行動できる組織が作れる可能性を示しているのではないでしょうか。

さて、ここまで書いてきたのはアリの世界の話であり、アリは生きるために本能的に働く訳で、人間のようにモチベーションが重要な知的生物とは別物ではないかという意見があるかも知れませんので、最後に面白い話を一つ。
アリの世界にも懸命に働くアリ、普通のアリ、怠け者のアリがいて、ある人が実験で懸命に働くアリだけを集めて別の集団を形成してみたところ、元々は懸命に働くアリがまた懸命に働くアリ、普通のアリ、怠け者のアリに分化したそうです。アリの頭の中にもモチベーションの概念があるのでしょうか。

2009年6月 9日 (火) in 大矢 哲夫 | Permalink

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