
見過ごしがちな日常の出来事も、よくよく見ると面白い!
トランストラクチャのコンサルタントが感じたこと興味を持ったことを記していきます。
「備えあれば・・・」 -何を備える?
また西日本で大雨による大きな被害が出たようだ。何年か前から一般用語になった「ゲリラ豪雨」、異常に長かった梅雨、あちこちで起こる竜巻…世間で言われているように、やはり日本の気候は変わってきているのかもしれない。
「備えあれば憂いなし」。
確かに、気象情報をマメにチェックし、雨が降り始めたら裏山には近づかない、大雨になったら駐車場の車を移動しておく…など、常識的な備え方はある。しかし、日本で竜巻の心配をするなど、自分が子どもだったころには想像もつかなかった。観測史上最高気温だの、最高降水量だの、これまでの常識では計り知れない自然環境の変化についていくのは簡単なことではない。
企業を取り巻く環境も同じようなものか- 容易に予想ができるような変化であれば、マネジメントの理論もデータ処理技術も発達した現代であれば、ある程度「被害」を最小限に食い止めることができる。しかし、ものすごいスピード感でタービュラントな環境変化が日常的に起こる現代、特定の事態を想定したリスクマネジメントのみでは太刀打ちできない。
現代の組織にとって、最も重要な能力をあげるとすれば、それは大きな環境変化が生じた時の柔軟な対応力かもしれない。ある時点でのビジネスモデルや成功体験に引きずられた硬直性は、今の世の中では決定的な弱みとなる。人も組織も今まで以上に柔軟であることが求められている。
クールビズも人それぞれ
この時期のビジネスマン、近年では、ネクタイをしない人が大勢を占めるようになった。確かに本人も見ている側も涼しい感じではある(一部例外もあるが)。
しかし、私は基本的に通勤時にネクタイを外したことがない。世の中から見ると「旧タイプ」人材ということになるのだろうか。確かに、体感温度が下がるという「肉体的」な快適さが向上することは間違いないのだろうが、どうも仕事の「スイッチ」が入らないような気がして、なかなか外す勇気がわかない。
知人から聞いた話だが、某企業では、夏は「ネクタイ禁止」だそうである。これはいかがなものか。ネクタイの着用を規制しているということは、社員に「ノーネクタイの制服」を着させているのと同じようなものである。
「ダイバーシティ」とは多様性の受容である。個の尊重が主張される社会で、多様な人材を有効に活用していくためには、ルールを増やすばかりではなく、個々の社員の自発性を受容する「度量」が必要とされるのだろう。 ネクタイの有無が、会社の生産性に深刻な影響を及ぼすとも思えない。また、ノーネクタイを自社の社風・イメージづくりに利用するとしても、これを強制して「文化の自由度」のようなものをアピールしなければならないような組織では、社員個々の自発的な創発性の発揮は期待できないだろう。
クールビズへの対応ひとつとっても、組織の特性、文化、モティベーション…いろいろな要素が表出化していると見れば、組織というのはやはり複雑でおもしろい。
早朝の空港にて
仕事柄、早朝の飛行機に乗る機会が多い。ふと思うのは「いろいろな人がいろいろな理由で早朝の空港に集まっているんだな」ということ。
朝6:00の羽田空港、朝からハイテンションで6:20分発の沖縄便を待つらしき人、大きなあくびをしながら、大きなかばんを重そうにぶら下げ、疲労感たっぷりに大阪伊丹行きのゲート前で待つ中堅サラリーマン、横の椅子には颯爽と缶コーヒーを片手に新聞数紙に目を通している「ハイパフォーマー」っぽいビジネスマンなどなど…さまざまである。
自分は他人からどう見えているのだろう。朝から疲れ果てていると見られているようでは、その日の仕事のパフォーマンスはたかが知れている。若干根性論的な話になってしまうが、疲労感はあってもそれを上回る仕事に対する動機づけがあれば「目は輝く」…はずである。
近年、日本のミドルに元気がないと言われる。実際、いろいろな調査を見ていると、若手、ミドル、シニアの中で、最もモチベーションが低いのがミドルであるとの結果が出ている。一昔前、日本のミドルの優秀さが世界にとどろいていた頃には、多くのミドルが颯爽と早朝の空港に集っていたのだろう。そういう目で、早朝の空港を改めて見回すと…やはり今のミドルには元気がないかもしれない。
ミドルが動機づけられ、元気に活躍するために必要な要素は何だろう。早朝の空港で真面目に考えていた私は、この仕事に十分モチベートされているということ…かと。
普通の女性が普通に・・・
本日は少し堅い話題になってしまうのだが…
先日、「役職別管理職に占める女性の割合」というデータ(データ出典:厚生労働省「賃金統計基本統計調査」)を見る機会があった。
例えば、民間企業の課長相当職のうち、女性は2008年度で6.6%。係長職で見ても12.7%、部長職にいたっては4.1%しかいないらしい。私の周囲では管理職となって活躍している女性も多いのだが、世間一般からみれば、まだまだ稀な存在のようだ。
それでも、女性の社会進出が進んでいるのは確かなようで、20年前(1989年)には、部長、課長、係長の女性はそれぞれ1.3%、2.0%、4.6%しかいなかったらしい。
人事の分野で「ダイバーシティ」という単語が聞かれるようになって久しく、国も企業もさまざまな取り組みを打ち出している。少子高齢化を迎える日本の労働市場において、女性を活かすための人事施策は不可欠である。
しかし、ここであえて言えば、これまでの行政の施策や企業の取り組みは、「大都会の大企業でバリバリ働く特別な女性」に向けたものであったような気がしてならない。聞いた話だが、よく女性の就労問題で取り上げられる「保育所の確保」について言えば、確かに都会ではまだまだ供給不足なのだが、地方では少子化によって余り始めている地域もあるという。「普通」の女性が「普通」に働くことができる世の中になるには、まだまだ課題は多い。
先週、育児・介護休業法の改正案が国会を通過した。今回も企業の人事部にとってはなかなか「悩ましい」内容が含まれているのだが、社内規程の改正だけに終わらず、社内すべての人材が働きやすい環境を整える努力をしていきたいものだ。
無事な時こそ
先日、友人がメールで窮状を訴えてきた。自宅のパソコンが突然動かなくなったらしい。私もこれまで同様のピンチを迎えた経験が2回ほどある。一番の心配事は「中にある膨大なファイルは無事だろうか」ということ。もっとマメにバックアップ作業をしておけばよかった…と後悔したところで、パソコンが普通に動いている日常の中で、自宅のパソコンのバックアップ作業なんて、そんなにいつもするものでもない。そして、パソコン復旧の直後から、せっせとバックアップ作業をし始める。
健康と同じだな、と思う。日々の予防が大事だということを頭ではわかってはいながらも、元気でいるうちは、ついつい暴飲暴食、運動不足、睡眠不足…をやり過ごしてしまう。そして、いよいよ体調が悪くなった後、生活習慣を見直し、運動不足を解消しようと意識し、行動を開始する。
企業の人事施策はどうだろう。バブル崩壊、世界不況というピンチを迎えるたびに、組織や人事の課題がクローズアップされてはいないか。健康な時にはもっといろいろな予防施策を講じることができたはずなのに、体力が落ちてしまってからでは、実行可能な打ち手も限定されてしまう。また、「消えてしまったファイル」は元には戻らない。元気な時、無事な時こそ、ピンチを想定した行動を起こさなければならない。
友人のパソコンは中身も無事に復旧したらしい。今後はマメにバックアップ作業を行っていくとのこと。ただ、不思議なもので、その手の悲劇はリスク対策意識が希薄になるのを見計らったように繰り返されるもの。頭ではわかっているのだが…。
どうしてマスクが欲しいのか・・・??
ひと頃、毎日トップニュースで報道されていた「新型インフルエンザ」も、徐々に他のニュースに主役の座を奪われつつある。
先月の終わり、職業柄いろいろな方とお会いする機会が多いのだから予防とエチケットだ、と近所の大手薬局チェーンにマスクを購入しに行ったのだが…ない。人間、こうなると不思議なもので、当初の予防とかエチケットとかいう目的はすでに見えなくなり、「マスクの入手」がミッションとなって探し回るのだが…ない。
そんな時、乗ったタクシー運転手の方がマスクをしていたので、「希少な」マスクをどうやって入手したのか聞いてみると、奥さんの九州の実家に連絡して、数箱買って送ってもらったと言う。全国を巻き込んでの希少資源の争奪戦である。
古くはトイレットペーパーに始まり、最近でも鋼材、ガソリン、ETC、そしてマスク…理由はいろいろあるのだが、何しろ日本ではこの手の話に事欠かない。おそらく、私と同じで、なぜ入手するか、ではなく、いかに早く入手するか、が目的化している。
企業の人事においても、「成果主義」が大いにもてはやされ、我先に「入手」した企業も多かった。また、つい昨年あたりまでは様々な場面に登場した「ライフワークバランス」という単語も、不況の波に流されたか、最近では目にする機会が減っているような気がする。人事施策の導入においても「自社にとって、なぜそれが必要なのか」を常に真剣に考えたいものである。
