
見過ごしがちな日常の出来事も、よくよく見ると面白い!
トランストラクチャのコンサルタントが感じたこと興味を持ったことを記していきます。
年末調整
そろそろ、年末調整の時期である。どうやって乗り切ろうかと頭を悩ませている総務人事の方も多いことだろう。日本の会社では、源泉徴収で所得税を給与からあらかじめ引かれることは誰でも知っている。この制度は、戦争中に、軍費を確実に集めるために採用されたことが始まりらしい。戦後60年以上経って、こんなところに戦時体制の影が残っているのかと驚いてしまう。今でも、税金を取っぱぐれないためにはとても有効な制度だろう。他方、納税する側にとっても、面倒がなくてよい。しかし、ちゃんと意識していなければ、自分の給料から何が引かれ、何が控除されているか気がつかない。学校を出て暫くは、納税の意識は全くなかった。
1980年代の数年間、香港で働いていたことがある。当時の香港はイギリス領で、自分で申告しなければならなかった。赴任した当初、必ず、毎月の給与から税金分を残しておくようにと、何度も念を押された。余程、金遣いが荒いと思われたのかもしれない。おかげで一年後に金がないということはなかったが、今度は申告方法がわからない。アカウントマネージャーに、どの用紙に何を記入し、どこに行って提出すればよいか、手とり足とり教えてもらった。申告場所に行ってみると、宝くじ売り場のような窓口が2~30並んでいて、納税者は書類を手に列を作っていた。無事手続きはできたのだが、日本でも源泉徴収が無くなると、こういうふうになるのかと思ったものだ。
個人が納付すれば、手間は1人分だが、毎月の給与から会社が徴収すれば、その手間は会社の規模に比例して増大する。この制度は、徴収する側と納税する側にとっては便利なものだが、間に入る企業の負担は相当なものになる。そして、結局、その見返りが何なのかはよくわからない。
歴女
先日、お酒を飲みに行った時のことである。二十代前半の女性が接客に就いた。この位の年齢だと話題は限られるし、相手に合わせることもあまり上手ではないので、大抵の場合、話は進まない。二言三言さし障りのない話をしていたが、先方もこちらの話に関心はなさそうだった。しばらくたった後、地方に仕事で行った折、お城を見物した話をすると、急にこの女性の目が輝きだした。この女性は、戦国時代の城や武将にとても興味があるとのことだった。巷では、このように歴史好きの若い女性が増えており、歴女と呼ばれているらしい。
昔は、戦国武将と言えば、男性サラリーマンの独壇場で、歴史小説を読んでは、戦国時代という極限の中で下された決断力や洞察力を、現代社会におけるそれらに例え、熱弁をふるっていた。山岡荘八の徳川家康がブームになれば、多くの経営者はその忍耐力を我が経営に例えた。戦中戦後の苦難を乗り越え、会社を発展させた人たちの琴線に触れたことは容易に想像される。
津本陽の織田信長の新聞小説が評判になれば、そのリーダーシップを経営評論家が絶賛したものだった。この小説は、80年代後半のバブル景気の時代に連載されていたのだが、信長の持つ先進性と本能寺へと続く破壊性が、その後のバブル崩壊を暗示していたかのように思える。
ところで、この女性は、前田慶次郎というあまりリーダーシップを感じられない戦国武将が贔屓だと言う。そして、その武将のことはマンガで知り、ゲームを通じて好きになったそうだ。今回の戦国武将ブームは、今の時代をどう読み解いたらよいのだろう。私は、また会話に詰まってしまった。
運動会
秋は運動会のシーズンである。子供たちの運動会で頑張ったお父さん方も多いことだろう。以前、会社でも大きな企業になると運動会を行っていた。小学生のころ、大手建設会社の運動会に連れて行ってもらったことがあるが、あまりに多人数でびっくりした。やはり、小学生のころの夏、父親の会社で海に行った。皆、家族を連れてきていて、とても盛況だった。父の同僚に手を引いてもらい、スイカ割りをしたことが今でも鮮明に思い出される。
この夏、仕事で熊本に行ったのだが、ちょうど祭りの時期だった。数十人ずつ、何十組もの人たちが、男も女も子供も、法被に鉢巻を締め、飾り馬を先頭に、掛け声をかけながら、お宮に向かって街中を突き進んでいた。博多や浅草の祭りに負けない、とても勇壮なもので、そのエネルギーに思わず引き込まれてしまった。このようなお祭りのある地域は例外で、多くの地域では参加者は集まらない。そして地域のコミュニティーは失われつつあるのが現状だ。
会社では運動会は、もはやないし、プライベートな休日を会社の行事に使う気がしない人達は多くなっているだろう。社内旅行に家族で行こうとも思わないだろう。しかしながら、その分、プライベートを充実させるアクティビティが増えているかと言うと、それも疑問に思える。今日、会社も地域もコミュニティーとしての機能は急速に失われている。家庭では核家族化が言われて久しい。今後、どこにコミュニティーは創造されるのだろうか。
熊本では、最後の飾り馬がお宮に奉納され、祭りは終わった。お宮からホテルに帰ろうと歩いていると、くたびれ果てた法被姿の若者たちがあちこちに座り込んでいる。そして、その手には、皆、携帯電話が握られていた。
松風
茶の湯の世界では、コトコトと湯が沸く音を松風と呼ぶ。夏、茶を点てるため墨を焚いた風炉の前に座っていれば、それは暑い。しかし、湯が沸くにつれ、静けさの中で聞こえてくる音が海辺の松林に吹く一風の風であると知ったとき、その暑さは静かに引いていく。誰が最初に名づけたのだろう。
子供のころの夏の日、よく母親にねだってうちわで煽いでもらって寝ていた。うちわの風は、扇風機のように強い風が吹くわけではないし、エアコンのように部屋の温度を下げることもない。しかし、そよそよとしてやさしい風は、この上なく心地のよいものだった。寝入るまでの時間の何と幸福だったことだろう。それは、扇風機やエアコンに遠く及ばないが、決して体調を崩すことはないし、冷房病を起こすこともない。今日、母親に煽いでもらって眠りに付く子供は何人いるのだろう。
昔は、エアコンもなければ冷蔵庫もなかったので、涼を求めて様々な工夫をしていた。風鈴、蚊帳、打ち水、水を入れた桶で冷やす西瓜等々、思い浮かべただけで涼しげな気分になってくる。しかし、エアコンを思いうかべても、その起動時の音が耳の奥で鳴るだけで、涼しい気持にはならない。今ではどこにでもエアコンが設置され、夏になればフル稼働している。そして私たちは夏の暑さを克服したつもりになっているが、自らが吐き出すCO2のおかげでかえって地球の温度を上げてしまっているのかもしれない、と考えると愚かな行為に思えてくる。私たちは、力ずくで暑さを克服してきたが、その一方で、湯の沸く音を松風と呼ぶような、感性と知恵と工夫で自然と共存する、そんなすべを置き去りにしてきたのかもしれない。
通勤電車
通勤でJRと営団地下鉄を利用している。滅多に座れることはないが殺人ラッシュと呼ばれるようなことはない。昔の通勤ラッシュはひどかった。その混み様は尋常ではなく、駅には乗客を押し込む専用の職員がいたものだった。乗り切れない乗客の背中を押して詰め込むのだが、今から思うとずいぶん乱暴なことをしていたものだ。もちろん本を読むゆとりなどなく、カバンはしっかりと抱えていないとどこかへ持って行かれてしまう。今では交通インフラが格段に整い、このようなことはなくなったが、その分、些細なことで不快な思いをすることが多くなったように思う。隣に立っている人がカバンを床に置いているため、少し電車が揺れただけで足の踏み場がなく倒れそうになってしまう。高校生や若いサラリーマンに多いが、込んだ車中では荷物は手に持つことは常識だろう。また、無理やり本を読んでいて、本が人の頭にコツコツあたっている。度が過ぎると注意するが、たいていの場合は我慢してしまう。要するに、人のことを考えない自分勝手な輩なのである。以前は、もう少し人に迷惑をかけないという精神があったように思う。互いに少しでよいから相手のことを考えれば不快な思いをせずに済むはずだ。ところで、今ではどの車両にもシルバーシートがあるが、本来こんなものは必要ない。誰もが、いつでも、お年寄りや子供を抱いた母親に席を譲ればよいだけのことである。人はいくら強がっても誰かの助けを受けて生きてきたのだし、いずれは自分も老いるのである。社会がどんなに便利になっても人の心がこれではいけない。何とか心のインフラを再構築できないものであろうか。
猫のネズミ捕り
以前、猫を飼っていた。時々ネズミを捕ることがあり、捕ると飼い主に見せに来る。その時、頭を撫でて猫を誉めてやらなければいけない。褒めるとよくネズミを捕るようになると亡くなった祖母から教わった。たまにスズメを取って来て家の中でバタバタさせるので辟易したが、猫に区別は付かないのでやはり褒めてやらないといけない。スズメを捕ったことを否定して怒るとネズミも捕らなくなってしまう。よく「怒る」と「叱る」は違うと言われるが、私は相手を否定するか肯定するかの違いだと思っている。怒ってしまうと獲物を捕るという、本来、猫の持っている能力を否定することになり、結局は個の持っている可能性を積んでしまうことになる。ネズミにしてもスズメにしても獲物を捕るという方向性が間違っていないということがまず大事なことであろう。人を育てるということは難しい。猫と人間を一緒にしてはいけないが、人を育てると言うことも、まず、大きな方向性が間違っていないかを見極めることが大事であろう。そして、叱る場合でも、結果はともあれ、人間には無限の可能性があるという前提に立つことがコアの部分として必要なことではないだろうか。ところで、猫に言葉が解るなら「よく捕ってきたね。でも今度はネズミを捕りなさい。」と言うところだろう。
未来予想図
人間だけが未来を予想する生き物である。生物学者によると、人間以外で未来を考える生き物は、チンパンジーがせいぜい2時間先を考えることがある程度だそうだ。人間だけが将来、誰もが死を迎えること知っており、そのために死を恐れるし、将来についても漠然とした不安を持つ。人間以外の生き物は死を知らないし、将来の不安もない。そしてそのことが人間の悲劇的な性格を形成する要素にもなっている。自殺者が年間3万人を超えて社会問題になっているが、将来の不安が原因になっているケースも少なくない。1960年代、日本経済が高度成長を遂げた頃は、今ほど豊かではなかったが、終身雇用制度のもと、一つの会社で定年退職を迎え、老後は、退職金と年金で暮らすというバラ色ではないかもしれないが、安定した未来予想図があった。21世紀を迎え、年金の破綻が問題となり、企業の倒産も日常のこととなる中、終身雇用制度も揺らいでいる。私は、日本では、今でも終身雇用をベースに人事制度を組み立てる方が良いと思っている。しかし、かつての様な経済成長は望めないし、会社を取り巻く社会情勢の変化も速い。会社業績の変動や経済状況の変化に対応できる柔軟で合理的な人事制度が今求められている。そして、国にとっては年金問題の解決は喫緊の重要な課題であろう。なぜなら人間だけが未来を予想する生き物だから。
五家宝(ごかぼう)
私の使っているクリーニング屋は、土曜日に出せば日曜日に仕上げてくれるので一人暮らしのサラリーマンにはとても重宝している。もともと町の小さな呉服屋が商売替えをして始めたクリーニングチェーン店のフランチャイジーで、70を過ぎた老夫婦が経営している。ボタンが取れていたりすると付けてくれるとても親切な店である。先月後半の土曜日、いつものようにワイシャツを出しに行くと、ご主人が浮かない顔で「今月で店を閉めるんだよ。」と言う、事情を聞いてみると、週6日(火曜休業)、朝9時から夜8時までの営業は老夫婦には体力的にきついこと、昨年9月のリーマンショック以来、売上が減ったこと、が理由であった。世界経済の影響がこんなところにまであるのかと驚いた。閉店してしまうと大変困ると切実に訴えると「赤字になったわけじゃないし、本当は、私たちも続けたいんだけどねえ。」とのことだった。そこで高齢であるから休業日を増やしたい旨、本部に要望することを提案し、週末を挟んだ週4日の営業であればさほど売上が落ち込まないこと(主要な顧客は勤め人である)、サラリーマンでも週40時間の労働時間であること、を添えるように言った。その翌週、この店に行くと週4日で営業を続けることになったことを伝えられ、私の職業を知っている奥さんから「はい、コンサルタントさんお礼」とお菓子を頂いた。今回のコンサルティングフィーは熊谷名物、五家宝でした。
マンチェスターユナイテッド
昨年12月、サッカーのトヨタカップ準決勝、マンチェスターユナイテッドとガンバ大阪の試合を観戦した。強いチームは必ずそうなのだが、ひとたび敵方にボールが渡ると瞬時に守備体系を整える。この体系がフォーメーションと呼ばれるものであるが、具体的には中盤とバックの2列のラインで形成される。そして、ボールと相手プレーヤーの動きに伴って、その形を刻々と変化させ、あたかも11人のプレーヤーが糸で繋がっているかのようであった。それは本当に見事なもので美しくさえ感じられた。その動きは監督の意図する戦術を忠実に実行し、その上に個々のプレーヤーの瞬間的状況判断が加わっている。この組織力がクリスチャーノ・ロナウドのスーパープレーを支えていると言える。会社における人事制度はサッカーのフォーメーションにあたる。仕事柄、いろいろな会社の組織人事分析を行うが、組織の求める役割と実在する人材との間のミスマッチがいかに多いことか。組織の大きさの割に管理職がとても多く、その管理職が単純作業に従事していたりする。また、年齢別人員構成がバラバラなことも多い。会社を取り囲む外部環境の変化は年々加速しているが、このような組織では変化に対応することは難しい。経営戦略に連動した効率的組織の形成と戦力配置こそが人事制度に求められるところである。
藤の花
隣の家が通り沿いの壁に藤の弦を這わせている。毎年、春になると綺麗な花の房を付けるが、今年は一段と見事な出来栄えであった。隣のご主人は現役を引退し、今では植木の手入れを日課としている。とても不愛想な人で、その上、子供のころ隣家の壁に向かって一人でキャッチボールをしていたところ、このご主人に怒られたことがあり、苦手意識を持っていた。顔を合わせれば軽く会釈をする程度で、話しをしたこともなかった。近所においしい魚料理を出す割烹がある。時々、晩飯がてらに立ち寄るのだが、そこの女将は、私が子供のころ魚屋のおかみさんだったひとで近所のことはよく知っている。藤の花が真っ盛りのころ、一人で食事をしていると、女将に「お宅のお隣の藤の花、見事ですねえ」と話しかけられた。「あれだけの花を咲かせるのは手入れが大変だよ。褒めてあげた?」と言われたので「そんなこと言わないよ」と子供のころの話をすると、笑いながら「そういう時は、褒めるもんだよ。今度、褒めてごらん」と言われた。後日、このご主人が外にいる時に「きれいですね。手入れが大変でしょう。」と話しかけると「そうなんだよ。」と手入れの苦労話をしてくれた。その時のうれしそうな顔はとても印象的だった。もちろん私の苦手意識もなくなった。人事に係わっていると「人間関係の形成とは?」などと考えることも多いが、ちょっとしたきっかけで変わるものなんですねえ。



